小金井市貫井南町は国分寺市と接する住宅街です。国分寺崖線(こくぶんじがいせん)という崖状の土地から湧き出る清水が豊富でとても歴史のある地域です。この日は小金井市の貫井神社から国分寺方面へ歩いていたのですが、Y字路に石塔がありました。
これは庚申塔(こうしんとう)というそうです。
庚申塚(こうしんづか)ともいい、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建てられた石塔のこと。庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多い。塚の上に石塔を建てることから庚申塚、塔の建立に際して供養を伴ったことから庚申供養塔とも呼ばれる。
Wikipediaから引用
いつの頃からあるのかなと説明文を読んでいると、江戸時代からあるようです。石塔には文字が刻まれているようですが、風化しつつあり、なかなか読めません。
看板には、
「この庚申塔は、江戸時代後期寛政六年(1794)に建てられました。正面に絶三尸罪(ぜつさんしざい)と刻まれ、中国の道教に由来する三尸説をあらわしており、都内でも珍しく、貴重なものです。
三尸説とは、庚申の日の夜に人が眠ってしまうと三尸という虫が体から抜け出し、天帝に罪を告げ、その人が死ぬというものです。そこで、庚申の日の夜は、講中の仲間の人々が飲食を共にし、眠らずに一夜を明かしたと伝えられています。
側面に「右小川・すながわ道、左こくぶんじ道」という道しるべがあり、台座には「貫井村講中」と刻まれています。
平成9年2月28日 小金井市教育委員会」
とあります。
右側にはJR中央線国分寺駅の再開発ビルが見えてます。
小金井、国分寺周辺では至る所からこの再開発ビルが見えるんです。
完成したら、国分寺を象徴するシンボルになるんですね~。
庚申塔の道しるべに従えば、この国分寺駅方面の道は、今の小平市小川町・立川市砂川町方面に進むためだったのでしょう。
左側のこくぶんじ道は、このまま道沿いに進んでいくと、確かに国分寺跡まで進んでいくのでした。
こんな感じです。
庚申の日は60日に1回巡ってくるそうです。
2か月に1回、夜中にどんちゃん?しながら夜を過ごしたなんて、なかなか面白い風習ですね。
こちらの庚申塔も3年18回続けた記念に建てられたのでしょうか。
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